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夢をありがとう!!注目の競技、日本人選手などについて語ります♬

オリンピック【競泳】金メダル〜金藤理絵(200m平泳ぎ)♬♬〜澤穂希激似!?

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澤穂希激似の金藤理絵、コーチともども待望の金メダル!?


加藤健志コーチがまれに見る逸材の原石を

発見した9年前から、物語りがはじまります。

その原石こそが、金藤理絵(かねとうりえ)。

金藤理絵選手は、加藤コーチの指導のもと、

めきめきと頭角を現し、ロンドン五輪に出場。

結果は、7位入賞とメダルは逃してしまいます。

 

 

 

 

金藤理絵って、どんな人!?

 

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(画像出典:tobiuojapan.org)

 

ちなみに、激似といわれている澤穂希さんです。

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(画像出典:footballchannel.jp)

 

お二人とも、優しいなかにも根性のあるお顔をされていると思います♬

 

簡単なプロフィール

 

  • 生年月日:1988年9月8日(27歳)
  • 出 身:広島県
  • 身 長:176cm
  • 体 重:67kg
  • 血液型:A型
  • 学 歴:東海大学大学院
  • 所 属:Jakedエリートチーム

 

 

加藤コーチ、原石発見!!!

 

金藤理絵選手は、高校時代には、すでに選手としての能力を開花していました。インターハイで優勝をおさめるなどの成績を残していたのです。

 

そんななか、金藤理絵選手が高校3年次のとき、その泳ぎを見た加藤コーチ(東海大学水泳部監督)が原石発見を確信。

 

高校卒業後の進路として、加藤コーチが務める東海大学へ来ることを誘います。

 

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加藤コーチが発見した原石は、やはり間違いなく逸材でした。

 

2008年には、みごと北京五輪の代表選手として選出されます。これだけでも逸材の証明ですね♬

 

残念ながら、北京では7位で、メダルを逃してしまいますが、金藤理絵選手と加藤コーチにとっては、新たなる目標が設定されたハズです。

 

北京後も、日本新記録を2回更新するなど、活躍が続きます。

 

 

まさかの代表落ち!?

 

「北京から4年後の新たなる目標」に向かって邁進している2人に悪夢が訪れます。

 

きっかけは、2010年に発症したヘルニアです。アスリートにとっては、致命的です。

 

腰をかばうために練習量を抑えたりした結果、金藤理絵選手の力強さを支えていて筋肉がみるみると落ちてしまったのです。

 

そして、2012年ロンドン五輪代表選で落選してしまいます。

 

 

辞めたい、辞めたい、辞めたい...

 

ロンドン落選後は、加藤コーチ自身も責任を感じ、指導者を辞めることを考えます。

 

加藤コーチは食事も摂れず、うつ状態が続いたといいます。でも...

 

  • やめたかったがやめられなかった

 

あの原石の輝きを信じていたからです。

 

一方、ロンドンを逃した金藤理絵選手も揺れていました。水泳を辞めたい。

 

加藤コーチは、辞めたいの話が金藤理絵選手の口から出る度に、それをフォローし、必死に引き留めてきました。

 

  • おまえは、絶対に世界一になれる

 

と。 

 

 そして、昨年の世界選手権後、金藤理絵選手が、もう一度、世界一を目指すと覚悟を決めてから、ヘルニアのために避けていたスパルタ指導が再開します。

 

そして、世界ランク1位のままリオに入りました♬

 

 

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決勝レースの展開は...

 

準決勝を2位のタイムで通過した金藤理絵選手。

 

決勝レースは、150mまでは抑え気味に展開し、150mのターンで首位にたち、後続を引き離して逃げ切るという完璧なレース展開でした。

 

 

レース後の金藤理絵選手の弁、その1

 

  • いろんな8年間だったんですが、加藤コーチの支えだけでなく、一緒に練習をしてきた仲間や、闘ってきた同じ平泳ぎの選手や、加藤コーチの家族にも本当に応援してもらえて、だからこそ、私も加藤コーチも世界の頂点を狙ってやってこれたのだと思います。

 

この素晴らしい結果こそが、加藤コーチが手にした最高のメダルです。

 

 

レース後の金藤理絵選手の弁、その2

 

金藤理絵選手が金メダルをとったレースで銀メダルに輝いたエフィモア選手がドーピング疑いのあった選手なので、金藤理絵選手のインタビューでも、ドーピング問題が質問されます。

 

  • (エフィモアの出場に関係なく)私がやることは何一つ変わらないと思ってこの日を迎えました。もしここで負けていたら『エフィモア選手がいなかったら勝てたのに』を言われたと思います。そうならなくてよかった。

 

他選手がエフィモアに対して厳しいコメントをするなか、金藤理絵選手は過剰な批判を控えたコメントでした。

 

 

レース後の金藤理絵選手の弁、その3

 

金メダル獲得して、一夜明けた記者会見にて。

 

  • (2020年東京大会については)競技者として携わることは考えられない

 

現状では、東京は目指さない意向を明らかにしました。

 

今年の残りの大会は出場するも、来年以降は未定だとのことです。

 

 

  

まとめ

 

加藤コーチとの二人三脚状態で、五輪大会での世界一を目指してきた金藤理絵選手。

 

10年越しで、その夢を叶えました。その道程は、他人には計り知れない苦しいものだったはずです。

 

夢の実現、おめでとうございます♬

 

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また、この夢の実現の裏には、下町ロケットのような会社「フットマーク」の下支えがあったとか。

 

そのことは、また別記事で書きたいと思っています。

 

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