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オリンピック【重量挙げ】銅メダル〜三宅宏実(女子48kg級)

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4大会連続出場の三宅宏実選手、銅メダル!! 

 

アテネ、北京、ロンドン、そしてリオと4大会連続出場。

それだけでも凄いのに小柄な三宅宏実選手がロンドンの

銀メダルに引き続き、またしてもメダルを取りました。

30歳で迎えた4回目の五輪は、コンディションは最悪。

今年春に膝と腰を痛め、満足な練習も出来ず、結果、

5月の全日本選手権では4位と低迷し、リオ到着後も、

日に日に痛みが増し、厳しい状況だと告白していました。 

 

 

 

 

三宅宏実選手、スナッチの初回、2回目と連続失敗...

 

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(※ロンドンのときの写真です。画像出典:matome.naver.jp)

 

人生で初の痛み止めを打ちながらも、コンディションが悪いまま、試合に臨みます。

 

しかし、三宅宏実選手は、スナッチの初回、2回目とまさかの連続失敗。

 

重量挙げでは3回しか試技がありませんから、もう後がない状況です。

 

3回目は81kgと割と平凡な記録で、順位は8位と出遅れました。

 

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その後は、得意のジャークで挽回します。

 

1回目試技で105kg、3回目には107kgと記録を更新し、トータル188kgを挙げます。

 

そして、大逆転の銅メダルとなりました♬

 

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三宅宏実物語!?

 

三宅宏実選手と言えば、お父様がメキシコ五輪で重量挙げ銅メダルのアスリート。

 

さぞかし、宏美選手も小さな頃から、お父様の英才教育を受けたのかと思うと、大間違いでした(笑)。

 

幼い頃はお母様からピアノを習うことに熱中、そして、中学時代はテニス(軟式)に夢中でした。。

 

しかし、中学3年のときに、シドニー五輪を見て、自らも五輪出場を目指し、重量挙げを始めました。

 

それから、連日連夜、五輪メダリストの父から猛特訓です。

 

やはり、少なからず逸材としてのDNAは継承されていたのでしょうか。

 

練習開始して3ヶ月で挙げた42.5kgは、父が高校1年で挙げた重さと同じでした。

 

その後は名門埼玉栄高校に進学後、2002年8月、全国校女子選手権53kg級において大会新記録で優勝、続く、2003年6月には全国日本選手選手権53kg級で初優勝も果たします。

 

さらに、父の母校、法政大学に進学してからは、五輪で上位を狙えるという目的で、階級を48kg級に変えて、2004年5月の全日本選手権で優勝し、アテネ五輪出場を果たします。

 

これで親子二代の五輪出場を果たします。

 

その後は、北京にも、そして、ロサンゼルスにも連続出場を果たします。そして、ロサンゼルスでは、みごと銀メダルに輝きます。

 

三宅宏実物語を簡単に書きましたが、実は、この行間には書き切れないほどの努力・苦労を重ねたからこその4大会連続の五輪出場だったのだと思います。

 

4大会連続出場は見事です。そして、2大会連続のメダル獲得も歴史に残る快挙です。

 

 

まとめ

 

三宅宏実選手のリオ五輪は、逆転とは言え、見事な闘い方でした。

 

ただし、気になるのは三宅宏実選手の故障です。膝に腰にと、爆弾を抱えている状態で、競技を続けてきました。

 

今後、三宅宏実選手が東京を目指すのか、それとも指導者の道を歩むのか、それはまだ彼女自身にもわからないのかもしれません。

 

いまは、ただただ、三宅宏実選手の偉業を称えるばかりです。

 

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三宅宏実選手、銅メダル獲得、本当におめでとうございます!!

 

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